共同通信に掲載されました

共同通信に掲載されました

「社会貢献」に取り組みたいが、どこから始めたらいいのかわからないー。こんな企業の悩みに応えるコンサルティング会社を立ち上げた元外資系金融幹部がいる。激しい競争を生き残ってきた彼が見つけたもう一つの「価値」とは。

利益だけじゃない

米金融大手ゴールドマン・サックスの日本法人で企業投資部門のトップだった松本勇二(45)が同社を退職し、企業の社会貢献を手伝う「POD(ピー・オー・ディー)」を東京で起業したのは2020年4月。


ホテルマンの父の下、米ハワイ州で生まれ、高校卒業までを米国で過ごした松本は、大リーグドジャースの熱狂的ファンを自認する。社名は、打席を待つ打者(プレイヤーズ・オン・デック)に自分たちをなぞらえた。


PODの目的は、社会貢献をしたいが自社に人脈やノウハウがない企業と、支援を必要としている団体を結びつけること。ただお金を出すのではなく、双方にとって意味のある貢献をしてもらうことを目指す。

背景には、近年高まる「ESG投資」のブームがある。環境、社会、企業統治を表す三つの英単語の頭文字が由来で、企業が稼ぎ出す利益だけではなく、環境への負荷や社会への貢献など、決算書には表れない価値を投資の判断材料にするという考え方だ。
ESG投資は、国連の持続可能な開発目標(SDGs)達成に向けた手段の一つとして提唱され、世界の大手機関投資家らが取り入れたことで、日本企業も無視できない概念となった。だが、「日本では、なんのために社会貢献をするのか、わかっていない企業がびっくりするほど多い」と松本は嘆く。

キャリア教育

「みなさんも上場を目指すなら、海外の株主からも企業価値を問われるようになるが、儲けイコール価値ではありません」。今年1月、松本は福岡市内で、太陽光パネルの保守点検などを手掛ける「スマートエナジー」(本社東京)福岡支店の社員らに熱弁を振るっていた。

同社はPODの介入で、福岡県内の児童養護施設で暮らす高校生たちへのキャリア教育を計画している。自社の紹介だけでなく、会社にはどのような部署や職種があり、再生エネルギーの現場で役立つ資格には何があるかといった講義をシリーズで実施し、最後は見学も予定している。

福岡県岡垣町の児童養護施設「報恩母の会」施設長の花田悦子(56)は「子どもたちは外とのつながりがあまりなく、就職も施設に来る求人票から探すことがほとんど。世の中に色んな仕事があり、会社の中にもさまざまな職種があるという話を生身の人から聞けるのはありがたい」と話す。

スマートエナジー社長の大串卓矢(53)は「これまで会社の周りのゴミ拾いなどはやってきたが、場当たり的だった。何をするべきで、何をすべきでないか。正しい知見でプログラミングしてもらえるのは助かる」と歓迎する・

資本主義の世界から

ゴールドマン時代、大型案件を数々手掛け、「資本主義の世界で、投資家目線で物事を考えてきた」という松本。その関心を社会貢献に向けさせたのは、幹部向け研修の一環として訪れた路上生活者の住居確保などを手伝う民間非営利団体(NPO)だった。

「自分の会社にいてもおかしくないような能力の高い人たちが、お金のためではなく懸命に働いている。そのパッション(情熱)に打たれた」。数字ありきの投資の仕事に対する疑問が膨らみつつあった一方で、この団体では自分の経験や知識が大きく役立つことを知った。

現在、PODは企業への助言のほか、社員向けの研修も手掛ける。スポーツ好きな松本らしく、現役や引退後のアスリートを登場させることもしばしばだ。支援を受ける側の団体は選びでは、ゴールドマンで社会貢献活動を専門に担当していた友近久美子を引き抜いた。

数千万円を超す年収も珍しくないゴールドマンでチームを率いていた頃に比べれば、儲かる仕事ではない。だが「自分は年収で測れない価値を作り出している」。そう信じて突き進む。

(敬称略、共同通信編集委員 井出壮平)