Good Fellows 〜スポーツにおけるガバナンス革命〜

スポーツは楽しむもの

「スポーツを通じて幸福で豊かな生活を営むことは、すべての人々の権利であり、すべての国民がその自発性の下に、各々の関心、適性等に応じて、安全かつ公正な環境の下で日常的にスポーツに親しみ、スポーツを楽しみ、又はスポーツを支える活動に参画することのできる機会が確保されなければならない」

〜スポーツ基本法(平成 23 年法律第 78 号) 前文より抜粋〜

近年、スポーツにおける「暴力」「人権侵害」「不正会計」などが問題となっています。勝利至上主義、旧態然とした教育、モラル、パワーハラスメントなど。社会では、タブーとされていることもスポーツの現場では、いまだごく当たり前のこととしてまかり通っています。

ガバナンス(Governance)とは、「統治、支配、管理」。守るべき事をきっちりと守る仕組みを作る、という概念。


経営におけるマネジメントは、企業が持っている「人・商品・金」といったリソースをいかに効率よく使っていくかになりますが、スポーツは公共性があるがゆえに一般のビジネスよりも、さらにガバナンスを強化する必要があります。

しかしながら、日本のスポーツ界は、この点において欧米に比べて大きく立ち遅れているのが実情です。

高校や大学の部活動での顧問や監督、先輩部員による暴力事件のみならず、オリンピックに出場するレベルの選手に対しての暴言・暴力なども過去に何度も耳にしてきました。スポーツの現場は、閉鎖的な空間のため一般社会の非常識も「常識」として通用してしまうことが多々あります。

本稿はスポーツガバナンスを多方面から考えていく連載企画。さまざまな分野の知見から、スポーツの未来像を考えていきます。

最初の寄稿者は、スポーツマネージメントとコーチングの研究を進める阪南大学教授、早乙女誉氏。循環型スポーツクラブにおける子どもたちの育成について。

「過去への感謝、未来への責任」

早乙女誉(阪南大学流通学部スポーツマネジメントコース 教授)

〜 はじめに 〜

筆者が所属する阪南大学流通学部のスポーツマネジメントコースで、2022年10月に「一般社団法人まつばら阪南大学スポーツクラブ」を設立しました。この連載では、これまでの活動事例や、このクラブで実現しようとしていることに触れながら「持続可能な循環型スポーツクラブ」で求められるガバナンスやコーチングについて整理していきたいと考えております。

#001「持続可能な循環型スポーツクラブの概要と特徴:前半」

持続可能な循環型スポーツクラブでは「過去への感謝、未来への責任」をフィロソフィに、我々が先人から受けてきた恩に感謝し、少なくともその恩と同等、できればそれ以上のものを次世代に伝えていく活動をしています。

最近では、各種スポーツクラブ(およびチーム)でも、このフィロソフィを要諦に据えて組織を運営するのが一般的になってきました。フィロソフィと言えば、一般企業の経営では京セラの創業者で日本航空の再建にも尽力された稲盛和夫氏の「フィロソフィ」経営が有名ですが、スポーツ界ではUCLAのバスケットボールチームを10度の全米優勝に導いたジョン・ウッデン氏の「コーチング・フィロソフィ」がよく教科書などで取り上げられています。

このような歴史を振り返ってみても、フィロソフィはスポーツ組織のガバナンスやコーチングにおいて最も重要な要素と言えます。

次に重要になるのが、中長期的な視点に立ってアスリートやスポーツ愛好者を育てるための育成計画です(資料1)。これは、2005年にカナダで刊行された「Canadian Sports for Life」に掲載されている「Long-Term Athlete Development」(以下、LTAD)を参考にして作成しました(資料2)。

資料1
資料2

我々の育成計画はLTADと同様に7つのステージで構成されています。ステージ1では0歳から小学校に入学する前の子どもを対象にして、さまざまな運動遊びをする機会を提供します。ステージ2の対象は小学校の低学年で、ステージ1と同様に運動遊びも楽しみながら、各種スポーツで求められる多様な動作スキルの獲得を目指します。この時期にいろいろな運動経験を積んでおくと、ステージ3以降で複数のスポーツを楽しめる子どもに成長している可能性が高くなります。

本学で毎年開催している「まつばら阪南のびのびあそびフェスティバル」では、この世代の子どもたちが自由に遊びを楽しめる機会を提供してきました(資料3)。なかでも是非紹介しておきたいのが「コマなし自転車教室」です(大阪では補助輪なし自転車のことを「コマなし自転車」と呼びます!)。この教室では、『へんしんバイク』(販売:株式会社ビタミンファクトリー)を使って、まずはペダルをつけずキックだけで進みながら、自転車に乗るためのバランス感覚を掴んでもらいます(画像1)。それから、バイクにペダルをつけてコマなし自転車に変身させて、ペダルをこぐ練習をして足の動かし方を学びます(画像2)。

資料3
画像1
画像2

ペダルに慣れてきた頃合いで自走してもらうと、(個人差はありますが)だいたい10分から20分程度でコマなし自転車に乗れるようになります(画像3)。2022年11月には、69名の子どもが参加してくれました。6, 7割がコマなし自転車に乗れない子どもでしたが、そのうちの8割程度が自転車に乗れるようになり、子どもも保護者も手伝った学生もみんなで喜びを共有できる教室になりました。

画像3

このように、子どもたちの「できた!」が成功体験となって、その後の運動継続に大きな影響を与える有能感や自信、動機付けが高まります。自転車に乗るという身体的なスキルの獲得と合わせて心理面の成長にも着目しているのがカナダのLTADの特徴のひとつで、この重要性をフィジカルリテラシーという概念を使って説明しています。定義を日本語で簡潔に訳すと「生涯を通じて運動・スポーツを楽しむための身体的・心理的な素養」となります。

カナダでは、はじめの3つのステージでフィジカルリテラシーを養うことに重点が置かれていますが、その後も継続的にリテラシーを向上させることが競技スポーツの発展と生涯スポーツの普及につながると考えられています。

本クラブでも、小学生高学年を対象としたステージ3までは、このフィジカルリテラシーの醸成を最重要課題のひとつとして、子どもの年齢や成熟度に合わせた運動機会の提供およびコーチングをしていきます。特に小学校4年生くらいからはひとつの競技に専門化するのではなく、1年を通してさまざまなスポーツが経験できる仕組みを構築して、子どもにたくさんの「できた!」を経験してもらいたいと考えています。

そのための準備として、2022年8月には、大学の近所で活動しているミニバスケットボールチームに協力してもらって「まつばら阪南サマーキャンプ」を開催しました。欧米の大学が夏休みに入ると、大学生が使っていない施設を地域に開放して、そこで子どもを対象にした文化教室やスポーツ教室が「サマーキャンプ」という名称でパッケージ化されて開催されています。それを参考にして、1か月で計9回のキャンプを試験的に運用してみたところ延べ100名近い子どもと保護者が参加してくれました。

まず午前中に大学の教室で小学生に夏休みの宿題に取り組んでもらい、それを大学生がサポートします。既に宿題が終わっている子どもには、カードゲームやボードゲームに興じながら自分の意見を言ったり、仲間の話を聞いたりする機会を提供しました。昼食後は、冷房の効いた体育館でバスケットボール、野球、ラケットスポーツ、トランポリンなど、日替わりでいろいろな種目に触れてもらいました。参加した子どもからは「もっとバスケ以外の種目もしたい!」といった声を多数頂きましたし、何より、どの種目をしている時も参加者が楽しそうにしていたのが印象に残っています。

今後も2023年3月頃にスプリングキャンプを開催して、複数種目を奨励する際の根拠となるデータや事例を収集していきます。この「根拠」に基づいた育成計画の立案・推進もスポーツ組織のガバナンスやコーチングを考えるうえで非常に重要なテーマになっていきます。

#002「持続可能な循環型スポーツクラブの概要と特徴:後半」につづく

Profile

早乙女 誉(さおとめ ほまれ)/阪南大学流通学部スポーツマネジメントコース 教授

北海道苫小牧市生まれ。小学校3年生からアイスホッケーを始め、大学まで競技を続ける(ポジション:GK)。卒業後は証券会社に入社したものの1年で退職。母校の大学アイスホッケーチームのコーチを務めながら大学院でコーチングの研究に従事し、2012年より現職。