Good Fellows 〜スポーツにおけるガバナンス革命〜 #002

スポーツのあるべき姿とは

「スポーツは楽しむもの」このスローガンを合言葉に、スポーツガバナンス(Governance)の再構築を考えていく連載企画。ひとり目の寄稿者は、マネージメントとコーチングの研究を進める阪南大学教授、早乙女誉氏による循環型スポーツクラブにおける子どもたちの育成について。

「過去への感謝、未来への責任」

早乙女誉(阪南大学流通学部スポーツマネジメントコース 教授)

#002「持続可能な循環型スポーツクラブの概要と特徴:後半」

前回は、循環型スポーツクラブの育成計画(資料1)のステージ3まで紹介しました。それに続くステージ4は中学生が対象で、「競技志向」と「レクリエーション志向」の2つの需要を満たせる機会を創出する点が特徴的な取り組みになります。

競技志向とは、公式戦で勝ち上がって都道府県大会を経て全国大会を目指す活動への興味・関心を意味します。一方のレクリエーション志向は、公式戦出場に興味がないわけではないが、それよりも単純にスポーツを楽しみたい生徒が持つ志向性です。

2022年12月現在、阪南大学が位置する松原市の教育委員会と連携して中学校の運動部の外部移行の話を進めています。そのなかで、志向性が違う、また身体能力や競技レベルが大きく異なる生徒たちが、同じ仕組みでスポーツをせざるを得ない状況になっていることがわかってきました。

本来であれば、生徒の能力や考え方などにあわせてスポーツを楽しめる環境を整えるのが望ましいガバナンスなのでしょうが、現状これを整備するのは極めて難しいと認識しています。この課題の解決に向けて、本クラブでは教育委員会や中学校の先生と協働して、まずはアンケート調査などで生徒ひとり一人の声に耳を傾けていく予定です。

ステージ5と6では、それぞれ高校生と大学生を対象に「競技志向」と「レクリエーション志向」、加えて「マネジメント志向」を満たすことを目的に活動します。前述の競技志向とレクリエーション志向は学年が上がるにつれて後者が増える傾向にあり、大学生になると「高校までは運動部に所属していたけど大学では部には入らない、けれども、たまにスポーツしたい」という学生が相当数います。

本学には約5000名の学生がいて、そのうちの5~10%程度が運動部に所属しています。部活動に所属している学生が競技志向と仮定すると、レクリエーション志向は低く見積もっても全体の30%くらいになると予想しています。本学の付属高校と連携しながら、こういった需要にも応えていくのが、このステージの目的になります。

加えて、この段階から導入するマネジメント志向とは、「クラブで開催するスポーツイベントの運営や子どもへのスポーツ指導は面白そう」と捉える志向性を意味します。2016年にスポーツマネジメント部を立ち上げましたが、部員たちが中心となって各種イベントを企画・運営し、コーチとして子どもの指導にあたってくれています(資料2)。

スポーツマネジメント部の学生たち

まだ十分と言えるほどの謝礼は渡せていませんが、将来的にはマネジメント志向の高校生や大学生がアルバイト感覚で参加できるように法人格を有するクラブで財源を確保していきます。こうした人件費も中学、高校、大学の運動部のガバナンスにおいて早急に解決しなければならない課題のひとつになります。

あわせて進めなければならないのが指導者の育成です。これについては、筆者が担当しているコーチング論やアスリートキャリアといった講義などを進めていますが、その内容については、次回以降で紹介します。

マネジメント志向の人材活用こそが本クラブが掲げる「循環型」に関するひとつ目の話になります。それは、このクラブで育った子どもが高校生や大学生になって、今度は自分がイベント運営や指導をする側になって次世代を育てる「人材の循環」です。これを実現するための軸になるのがクラブフィロソフィの「過去への感謝、未来への責任」です。

実際に今年度(2022年度)の大学2年生のバスケットボール部員は、小学生の頃に本学の体育館で大学生にバスケットボールを教えてもらって、現在は小学生の指導にあたってくれています(資料3)。全国トップレベルの競技力を誇るサッカー部でも同様の事例があると聞いています。今後は、さらにこのような循環を生み出すために、まずは、子どもたちのお手本になる学生を育てていきます。筆者が学生時代に周りの先輩たちに育ててもらったように。

10年以上続く大学生による小学生を対象としたバスケットボール教室

そして、本クラブの育成計画の最後が、成人を対象としたステージ7になります。ここでは本学の卒業生や教職員、子どもと一緒にスポーツイベントに参加する保護者、高齢者らが多世代の垣根を越えて自分の体力や志向性に合わせて生涯スポーツを楽しめる環境を整備します。

市内の中学や高校、大学の運動部では部員が少なく十分な練習ができていない組織があると聞いています。もし部と参加者のニーズがあえば、中高生や大学生、その他の成人が一緒に活動することで、生徒や学生が少なくて活動が制限されている組織の問題も少しは解消できると考えています。加えて、スポーツを通して多世代が交流するなかで中高生や大学生の社会性が育まれるという効果も期待できます。

ステージ7のもうひとつの特徴は、年齢や所得に応じてクラブ会費や参加費を少し多めに頂き、その分を子どもたちの活動の費用に充てる「資金の循環」です。これが、循環型スポーツクラブが目指す二つ目の循環です。

将来的に、このクラブで育った子どもがプロスポーツ選手になった場合、次の世代を育てるために、できればクラブに寄付をして頂きたいと考えておりますが、それはまだ、だいぶ先の話になりそうです。ほかにも、このステージでは、マネジメント志向の成人にはボランティアでクラブの運営を手伝ってもらう「人材循環」の促進も狙っています。

ここまでに紹介した二つの循環を生み出すのは容易ではありませんが、まずはクラブの運営者と参加者でフィロソフィを共有し、それを基にした活動と改善を繰り返して「まつばら阪南モデル」を構築し、少しずつほかの地域にも広げていきたいと考えています。

以上、2022年10月に設立した持続可能な循環型スポーツクラブで実現しようとしていることと、これまでの活動事例を紹介させて頂きました。最後に、このクラブを運営するうえでのガバナンスおよびコーチングの要点をまとめて、連載の第2回を終わりとさせて頂きます。

  • クラブフィロソフィーの作成(全ステージ)
  • 根拠に基づいた育成計画の立案・推進(全ステージ)
  • 生涯を通じたフィジカルリテラシーの醸成(全ステージ)
  • 多様な運動機会の創出(ステージ1, 2)
  • 複数種目の奨励(ステージ3, 4)
  • 競技志向とレクリエーション志向の把握と対応(ステージ4 ~ 6)
  • マネジメント人材の育成と人件費の確保(ステージ5 ~ 7)
  • 人材と資金の循環(全ステージ)

#003「コーチング研究の最重要課題:悪しき慣習”を断ち切る!」につづく

#001「持続可能な循環型スポーツクラブの概要と特徴:前半」

#002「持続可能な循環型スポーツクラブの概要と特徴:後半」

#004「コーチングの 始まりと終わり」

#005「生涯を通してスポーツを楽しむためのヒント」

Profile

早乙女 誉(さおとめ ほまれ)/阪南大学流通学部スポーツマネジメントコース 教授

北海道苫小牧市生まれ。小学校3年生からアイスホッケーを始め、大学まで競技を続ける(ポジション:GK)。卒業後は証券会社に入社したものの1年で退職。母校の大学アイスホッケーチームのコーチを務めながら大学院でコーチングの研究に従事し、2012年より現職。