Good Fellows 〜スポーツにおけるガバナンス革命〜 #004

スポーツのあるべき姿とは

「スポーツは楽しむもの」このスローガンを合言葉に、スポーツガバナンス(Governance)の再構築を考えていく連載企画。ひとり目の寄稿者は、マネージメントとコーチングの研究を進める阪南大学教授、早乙女誉氏による循環型スポーツクラブにおける子どもたちの育成について。

「過去への感謝、未来への責任」

早乙女誉(阪南大学流通学部スポーツマネジメントコース 教授)

#004「コーチングの 始まりと終わり」

前回は、コーチング研究の重要課題として「コーチングの効果検証」について書かせて頂きました。今回は、それと関連付けながらコーチングの始まりですべきことと、コーチと選手が目指すゴール(終わり)を紹介します(資料1)。

まず、辞書で「コーチング」と引くと、大きく分けて2つの定義が記載されています。1つ目が「教えること。指導・助言すること」(引用/明鏡国語辞典)で、私の授業では、これを広義のコーチングとして説明しています。2つ目が「コーチが対話などのコミュニケーションによって、対象者から目的達成のために必要となる能力を引き出す指導法」(引用/明鏡国語辞典)で、こちらは狭義のコーチングとしています。

次に、この2つの定義に含まれている「指導」を辞書で引くと「知識・技術などを習得できるように教え導くこと」(引用/明鏡国語辞典)といった説明に辿り着きます。よって、コーチングとは「選手や学生などの対象者をどこかに導くこと」と言い換えることができます。この「どこか」がゴールであり、本稿のタイトルにあるコーチングの終わりを意味します。もちろん、ゴールがあるのであれば、必ずスタート、すなわち始まりもあります。

この始まりの地点で重要になる考えを端的にまとめたのが次の格言です。

「人から最高のものを引き出すには、そこには最高のものがあると信じなければならない」

これは『はじめのコーチング』(ジョン・ウィットモア 2003年著)に記載されている言葉で、10年以上も前に読んで感銘を受けました。それ以来、選手や学生と接する時は「常に相手の可能性を信じる。そうすると相手の潜在能力が開花していく」と信じるようにしています。ようするに「この学生は伸びる!」と信じて接すると伸びるし、「こいつはあかんなー」と思ってしまうと、せっかくの潜在能力が埋もれたままになってしまう、と考えているわけです。

同書には、コーチングとは「教えるのではなく、自ら学ぶことを助けるのである」「成果ではなく可能性で人を見なければならない」といった考えも紹介されています。このような信念(≒フィロソフィ)に基づくと、もし「俺があんなに教えたのに、あいつはいつまでたってもできるようにならない」「あいつは才能がないから教えても無駄だ」と思ってしまうコーチがいた場合は、それはコーチングのスタート地点から間違っていると言えます。

次に、コーチングの終わりに関連するキーワード「ダブル・ゴール」を紹介します。これは、1998年にアメリカのスタンフォード大学のアスレチック・デパートメント内に設置された『Positive Coaching Alliance(以下「PCA」)』の中核に据えられている概念で、勝つことを目指しつつ、スポーツを通じて人生の教訓や健やかな人格形成のために必要なことを教えるコーチングです※1

※1『ダブル・ゴール・コーチ』(ジム・トンプソン 2021年著)

ともすれば、日本では勝利至上主義とスポーツの教育的な価値を天秤にかける傾向がありますが、このダブル・ゴールでは、その名の通り2つのゴールを目指します。もちろん、どちらかを優先しなければならない場合もありますが、PCAではそうなった時(特に、子ども・青少年スポーツにおいて)は、人間的な成長を優先すると明言しています。

我が国の中高生年代では、ある程度の競技・指導歴があるコーチが良い選手を集めて厳しく指導し、地区大会を勝ち進んで全国大会に出場する、といった事例はよく聞く話です。

しかしながら、ただコーチの言うことを聞いて辛い練習やそれに付随する他の指導に耐えて全国大会に出場できたとして、それが、どの程度、どのような人間的成長につながるのでしょうか。前回の記事でも触れましたが、重要な話なので繰り返します。運動部やクラブのコーチは、試合の勝敗以外の指標も使ってコーチングの効果を検証する必要があります。

つまり、このダブル・ゴールを理想的なコーチングの終わりとして選手を育成・起用してその効果を検証するサイクルを回すのが、これからの運動部やスポーツクラブに求められる適切なガバナンスになります。 ちなみに終わりとはシーズンの終わりや選手の引退時を意味するのではなく、1日や1週間の練習の終わり、公式戦の終わりなども含まれます。選手個人や部、クラブにとって適当な節目を終わりとして、定期的に競技面と人間的な成長に関する良かった点や具体的な改善策を振り返ることが重要です。

加えて、コーチングの始まりと終わりをつなぐ過程で活用できる考えを紹介します。ズバリ「相手の習熟度に合わせる」です。これは、『1分間リーダーシップ』(K. ブランチャード 1985年著)のなかに状況対応型のリーダーシップとして詳しく記述されています(資料2)。簡単に言うと「初級者には手取り足取り教えて、中級者には適当に援助して、上級者は信じて任せる」といった接し方です。これはビジネスシーンで生まれた理論ですが、スポーツや教育にも援用できます。

太平洋戦争時に日本海軍を率いた山本五十六氏も同じような考えを意味する名言を残しています。

「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かじ」

私は、これは初級者に対する接し方だと理解して実践しています。中級者や上級者との接し方に関する名言もあるので、ご興味がある方は調べてみてください。

以上のように、洋の東西を問わず「相手の習熟度に合わせる指導」は40年以上も前から人を育てる有効な手段として認識されてきました。この話を私が所属校で担当しているコーチング論で学生に伝えると、よく「バイト先の新人に仕事を教える時に役立った」「子どもにスポーツを教える時に活用している」といった声が返ってきます。それくらい、すぐに実践できて効果があるコーチングスキルのひとつですので、もし良かったら読者の皆様も使ってみてください。

最後に簡単に本稿の要点をまとめます。

①始まり:まずは、相手の可能性を信じる!

②過程:相手の習熟度に合わせて接する。

③終わり:勝利(競技力の向上も含む)と人間的な成長を目指す。

※ 今日の格言のおまけ(資料3)

#005(最終回)「生涯を通してスポーツを楽しむためのヒント」につづく 

#001「持続可能な循環型スポーツクラブの概要と特徴:前半」

#002「持続可能な循環型スポーツクラブの概要と特徴:後半」

#003「コーチング研究の最重要課題:悪しき慣習を断ち切る!」

#005「生涯を通してスポーツを楽しむためのヒント」

Profile

早乙女 誉(さおとめ ほまれ)/阪南大学流通学部スポーツマネジメントコース 教授

北海道苫小牧市生まれ。小学校3年生からアイスホッケーを始め、大学まで競技を続ける(ポジション:GK)。卒業後は証券会社に入社したものの1年で退職。母校の大学アイスホッケーチームのコーチを務めながら大学院でコーチングの研究に従事し、2012年より現職。