Good Fellows 〜スポーツにおけるガバナンス革命〜 #005

スポーツのあるべき姿とは

「スポーツは楽しむもの」このスローガンを合言葉に、スポーツガバナンス(Governance)の再構築を考えていく連載企画。ひとり目の寄稿者は、マネージメントとコーチングの研究を進める阪南大学教授、早乙女誉氏による循環型スポーツクラブにおける子どもたちの育成について。

「過去への感謝、未来への責任」

早乙女誉(阪南大学流通学部スポーツマネジメントコース 教授)

#005「生涯を通してスポーツを楽しむためのヒント」

これまで、4回にわたって循環型スポーツクラブやコーチング研究の課題、コーチングの始まりと終わりについて紹介してきました。連載の最終回となる本稿では、生涯を通してスポーツを楽しむためのヒントについてお話をさせて頂きます。

生涯スポーツは1989年に山口泰雄先生らによって、次のように定義づけられています。「生涯にわたる各ライフステージにおいて、生活の質(QOL)が向上するように自分自身のライフスタイルに適した運動・スポーツを継続して楽しむこと(山口、1989)」。その後、2000年にスポーツ振興基本計画が策定され、生涯スポーツ社会を実現するために、成人の週1回以上のスポーツ実施率を50%にする、という目標が掲げられました。

2022年12月にスポーツ庁が実施した世論調査では、20歳以上の週1日以上のスポーツ実施率は52.3%となり、同年の3月に策定された第3期スポーツ基本計画に記されている「70%程度」の目標には届きませんでした。本連載の第2回に書いたように、本学にいる約5000名の学生のうち運動部に所属しているのは5~10%で、それ以外にレクリエーション志向で楽しくスポーツをしている学生が少なくても30%はいると予想しています。そうすると、あと30%くらい週1回以上スポーツをする学生が増えれば、目標の70%(20歳未満の学生も含まれますが、その点はご容赦ください)に到達する計算になりますが、この壁を越えるのは容易ではありません。

大きな原因のひとつに、スポーツが得意じゃない人が参加しづらい雰囲気があると考えています。私も未経験者ながら経験者の学生に混ざって朝7時からフットサルをしていますが、簡単なミスをすると恥ずかしかったり、申し訳なく感じたりします(時には、学生から厳しい言葉をかけられます 笑)。それでも、週1回以上スポーツをするために他の未経験者の教職員や学生も巻き込んでフットサルに参加し続けているうちに、経験者が未経験者に前向きな声をかけるようになり、雰囲気が変わりました。今では、10~15名程度の参加者のうち多い時には約30%が未経験者(女性も含む)になります(資料1)。

朝7時からフットサルをする「朝サル」
資料1:朝7時からフットサルをする「朝サル」

たったひとつの事例ですが、この雰囲気は第3回で紹介した「選手間の協力や各自の役割、努力、技術向上を重要視する雰囲気(課題関与的雰囲気)」であると理解しています。スポーツが得意な人は競技レベルに関係なく参加者全員が楽しめる雰囲気をつくり、あまりスポーツが得意じゃないと思っている人は、自分ができることに集中してプレーを楽しむ(≒課題志向性)、これが生涯を通してスポーツを楽しむためのヒントの1つ目です。

2017年の9月から1年間、カナダのカルガリー大学に客員研究員として勤務していた際に、競技レベルに関係なくさまざまな人が一緒になって、一生懸命スポーツをしている場面を何度も見ましたし、私もそこに混ざって下手なりに各種スポーツを楽しみました。20歳を過ぎていきなり「下手でもスポーツを楽しもう!」と言われても、そう簡単に気持ちは切り替わりません。このような生涯スポーツの普及を視野に入れて、小中学生年代あたりから先述した雰囲気を醸成することもスポーツ組織のガバナンスを考えるうえで重要な課題になります。

次に紹介する事例は、南海電気鉄道株式会社の新規事業部が運営している「カムバス(カムバックバスケットボール)」です。カムバスとは、小中高や大学でバスケットボールをしていたけど、社会人になって競技から離れてしまった方に、気軽にバスケットボールを楽しめる機会を提供するサービスです。詳しくは、以下のサイトでご確認ください。

カムバス公式サイト:https://comebackbasket.hp.peraichi.com/

生涯スポーツを広めるうえで非常に意義のある事業ですので、本学でも開催したり、私も学生と一緒にコーチングスタッフとして関わらせてもらっています。このカムバスは、主にブランクがある方や初心者を対象にして「上手い下手に関わらず皆でバスケを楽しむ場」を目指し、それを実現するためにカムバスコーディネーターを育成・配置しています。参加者の9割以上がひとりで参加しているという点からも気軽に足を運べるイベントであることがわかります。

似たようなモデルでは個人で参加できるフットサル(通称:個サル)もありますが、このカムバスの特筆すべき点は「カムバックバスケットボール」をフィロソフィーとして、久しぶりに競技をしたい人のニーズをうまく掘り起こし、満足させているところです。加えて、子どもも一緒に参加できる「親子カムバス」を開催して、20歳以上のスポーツ実施率の向上に寄与しながら、子ども・青少年スポーツの振興に貢献している点も注目に値します。こういった場づくりこそが、生涯を通してスポーツを楽しむ(楽しんでもらう)ためのヒントの2つ目になります(資料2)。

資料2:南海電鉄の新規事業部による「親子カムバス」

最後に、以上のふたつの事例を通して伝えたかったことをまとめて本連載の結びとします。まずは、「子どもも大人も競技レベルに関係なくスポーツを楽しむ(自己ベストを尽くす!)、参加者全員で皆が楽しめる雰囲気をつくる」です。次に、「いちどスポーツから離れた人が戻ってきやすい場をつくる」です。これ以外にも、生涯スポーツを普及させるにはスポーツに全く興味がない層へのアプローチを考える必要もありますが、本稿では循環型スポーツクラブ(詳しくは、第1、2回参照)を実現するために求められるガバナンスに焦点を当てたので、このような結論に至りました。

2022年度にスポーツ庁が公表した全国体力・運動能力、運動習慣等調査結果では、中学2年生の運動部加入率が男子72.8%、女子56.4%となりました(運動部に所属せず学外のクラブでスポーツをしている生徒は男子8.8%、女子4.1%)。最近、インターネットなどで運動部の地域移行に関する賛否両論を見聞きしますが、まず大事になるのは、所属先が部であろうとクラブであろうと、子どもがスポーツを楽しめる環境(とくにガバナンス)の整備です。それを念頭に置き、中高生の運動部やクラブの加入率を維持・向上させながら、それが20歳以上のスポーツ実施率につながるよう、本稿で紹介した考え方や取り組みを広げていきたいと考えております。

おわり

〈参考文献〉 

  1. 山口泰雄;生涯スポーツの理論とプログラム,鹿屋体育大学,1989. 

#001「持続可能な循環型スポーツクラブの概要と特徴:前半」

#002「持続可能な循環型スポーツクラブの概要と特徴:後半」

#003「コーチング研究の最重要課題:悪しき慣習を断ち切る!」

#004「コーチングの 始まりと終わり」

Profile

早乙女 誉(さおとめ ほまれ)/阪南大学流通学部スポーツマネジメントコース 教授

北海道苫小牧市生まれ。小学校3年生からアイスホッケーを始め、大学まで競技を続ける(ポジション:GK)。卒業後は証券会社に入社したものの1年で退職。母校の大学アイスホッケーチームのコーチを務めながら大学院でコーチングの研究に従事し、2012年より現職。