佐藤勇人|元ジェフユナイテッド|元サッカー日本代表選手

最高の失敗

Text:MM

第一線で活躍をするアスリートたち。結果が求められる勝負の世界に身を置く彼らにとって、競技人生の分岐点となった失敗体験とは何だったのか。成功の影には必ずといっていいほど、大きな挫折があるはず。

「あの失敗があったからこそ、いまの自分がある」。

サッカー日本代表にまで上り詰め、地元千葉では名の知れた夢蹴人 佐藤勇人の「最高の失敗」とは。

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佐藤勇人(サッカー選手)

京成電鉄の船橋駅が近づいてくると、いまでも胸の奥がムズ痒くなる。車窓に飛び込んでくる景色といえば、ビルのネオンカラー以外は、あの頃とさほど変わらない。そのせいか、蓋(フタ)をしたはずの記憶が鮮明に蘇ってくる。車内から喧騒のなかへと向かう人々の背中を見送りながら、どうしても29年前の日々を思い起こしてしまう。

6歳で始めたサッカーは、単純にボールと戯れることが楽しかった。どちらかというと内気な性格だったが、蹴る、走る、声を出すというアクションに加え、仲間たちと時間を共有できるという特徴が性に合ったのかもしれない。サッカーは、教室での自分とは違う一面を引き出してくれるスポーツだった。日々ボールを追いながら変わり始めた己と向き合うと、「試合に出たい」「勝ちたい」、そして「誰よりも上手くなりたい」という強烈な欲望が生まれ始めていることに気付いた。

Jリーグが開幕した翌年11歳の春。埼玉県での名声を背景に、満を辞して受けたJリーグ下部組織のセレクションは、不合格という結果に終わった。なによりも辛かったのは、自分以上に期待をしてくれていた監督、コーチ、仲間たちの顔を思い浮かべた帰り道。いままでは自分のために輝いていると思っていた太陽が、この日だけは違う誰かを照らしているように感じた。

千葉に越してきてから入団した「市川カネヅカ」というクラブには、京成電鉄で通った。放課後になると、決まって弟の寿人と練習に向かうのだが、寿人は乗り換えの為に船橋駅で降りる。ジェフユナイテッドジュニアユースのグランドがある道へ足を踏み入れることができるのは、合格手形をもつものだけの特権だった。車両の窓から弟の背中を見送るたびに、途方もない挫折感が襲ってきた。

2019年、20年の現役生活を終えた佐藤勇人は、現在ジェフユナイテッド市原・千葉のアンバサダーを務めている。少年のころ、人生でこれ以上ないと思えた挫折感から、見事に這い上がった彼は、いまではジェフ史上最多出場数の記録を持ち、サポーターたちからは敬意を込めて『バンディエラ』と呼ばれるレジェンドと化した。

そして21年の冬からは、千葉県の小中学生たちに技術指導を行いながら、現場で見た地元チームの情報を自身のSNSなどで配信する「WHERE TO NEXT ?」という活動をおこなっている。たくさんの人に伝えることによって、身近にどんなクラブチームがあり、どのような活動をしているのか…これからサッカーを始めようとする子どもや親たちの背中を押せる一助となりたいという思いと、地域の子供たちに一緒にプレーすることでプロを感じて欲しいと思い始めたことだ。

ただ、活動を続けていくには大きな壁がいくつもある。現役引退後まだ名前が知られているうちに定着させ、継続的に広げていきたい気持ちがあるが、現在はボランティアで行っている。自車で山を越え、たくさんのクラブを見て回ったが、動けば動くほどに経費と時間がかかるのも事実。自分以外のプロアスリートに同じような活動をしてもらいたいと思っているのだが、ボランティアでは正直お願いするのは難しい。この理念に賛同してくれる企業や自治体が名乗り出てくれると嬉しいのだが、この社会状況下のなかでは、なかなか前向きになってくれるところは少ないのが現状。焦燥感だけが募る。

でも11歳で味わったあの挫折感とは、まるで違う。

自らの存在自体を否定されるような出来事。その後の人生でどんな成功体験をしても、その傷が癒えることはなかった。ただ、あの失敗があったからこそ、いまの自分がある。それは紛れもない事実だ。あの時、ひとりのサッカー少年として見た夢があるからこそ、新しい活動に情熱を注ぎ、いまだボールを追いかけられている。

だからこそ、子どもたちには直接伝えたい。

人生における挫折を「最高の失敗」に変えてみせるのは、自分自身でしかない、と。

Profile

佐藤勇人(さとうゆうと)

埼玉県春日部市生まれ。プロサッカー選手として20年間プレーし、Jリーグ功労賞を受賞。双子の弟、佐藤寿人と国内初の日本代表同時出場を果たすなど活躍。ジェフユナイテッド市原・千葉のクラブ最多出場数を持つレジェンド的存在でもある。12歳のとき3回目のチャレンジでアカデミーに合格。サポーターたちからは親しみを込めて『バンディエラ』と呼ばれている。

https://www.instagram.com/yuto7sato/